デザイン事務所アトリエセツナの日々を綴るブログです。

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ミスター・ハードボイルド。
僕の心の師匠である、梅香堂の堂主、後々田先生が亡くなった。


ミスター・ハードボイルド。

後々田 寿徳

享年 五十一歳

後々田 寿徳

先生が山形から離れてからは連絡先も分からず疎遠になってしまっていたが、偶然が重なり、大阪でギャラリーをされている事を知った。

それを知るとすぐ、僕は梅香堂へ電話をかけた。

先生は僕の声を覚えてくれており、お互いの間にあった空白の時間はすぐに埋まった。

梅香堂でアトリエセツナの展覧会をさせて欲しいとお願いすると

「うちなんかでやってどうする。客なんて来ないぞ」

となかなか許してくれなかった。

僕は、たくさんの縁が重なってまた先生と繋がれたこと、初めての展覧会を先生のギャラリーで開催できたらどれだけ素晴らしいかを説き、渋々と了解してくれた

「じゃあ、金はいらん」


それから一ヶ月して、僕は大阪へ向かった。先生に会うために。

気がはやり、約束の三十分も前に梅香堂に着いてしまった僕を、先生はすでに待っていてくれた。休堂中の梅香堂で。

室内に小さな明かりが灯っており、先生がそこにいるのがわかった。

顔をくしゃくしゃにして出迎えてくれた先生は、昔と変わらずハードボイルドだった。ただ、タバコは辞めていた。

「元気でやっているか」

先生はすべての若者に対しての第一声を、この言葉から始める。


奥さんの出産を控え、本当に今にも産まれて来そうなのに、先生は時間を作って梅香の街を案内してくれた。昔のようにブラブラと、ゆっくりした足取りで。

「カミさんには、渡辺君の携帯電話の番号を教えてある。俺は連絡手段を持っていないから」


先生は、地域に移り住み、アートを展開する若者たちのアトリエを案内してくれた。

「ここに住み着いた皆はフラフラとしていて、頼りがいのない連中だ。そして俺はもっと頼りがいのない人間だ」

先生はハードボイルドに、愛情いっぱいに話した。


若者たちに僕を紹介する先生は、ほんの少し自慢気だった。

「今度梅香堂で展覧会をする、教え子の渡辺君だ。家具のデザイナーをしている。遥々大阪まで来てくれた」

そして、会う若者皆に「元気でやっているか」と始める。

先生は若者の話に笑い、静かにうなずき、そして心を痛めていた。

僕の先生は、地域の若者の先生だった。


かつて大酒飲みだった先生は、ゆっくりと酒を飲んだ。

僕は目を潤ませながら、やっとまた会えた喜びを話し、たくさんの葛藤の話をした。先生は僕のすべてを肯定してくれた。

「どれも間違いじゃない」


勘定の時「大人になった教え子にどうか払わせてください」と頼んだが受け入れてくれなかった。師は遥々やってきた教え子に勘定を払わせる訳はないのに、何て事を言ってしまったんだろうと、今更ながら思う。師匠に自分を誇示してしまった自分が情けない。

結局、この小さな焼鳥屋での夜が、先生との別れになってしまった。


つい二週間ほど前に、先生と梅香堂での展覧会についてのメールのやりとりをしたばかりだった。

「元気にやっているようだな。山形は雪だろうなあ。寒くなったので体に気をつけて」


体に気をつけるのは先生ですよ。

まだ、たくさん教えてもらいたかった。

初めての展覧会を先生のギャラリーで開きたかった。

僕の作品を間近で見て欲しかった。

自分のこれまでを肯定してもらいたかった。

「どれも間違いじゃない」と。


先生が推薦状を書いてくれたお陰で、僕はスウェーデンに留学できました。

とても立派な分厚い紙に、自分には勿体無いほどの言葉を並べてもらいました。

先生がいなければ今の僕は本当に無いんです。


男の立ち振舞を見せてくれました。

ハードボイルドな生き様を示してくれました。

「自分ほど最低な人間はいない」と先生は真顔で言っていたけど、誰もそんなこと信じてはいませんよ。

先生の志を受け継いで、きっと梅香の若者達が街を変えていくでしょう。

何もない寂れた船着場の街に先生が辿り着いた、あの時の気持ちで。




haruka nakamura quartet with imagem
おばんでございます。

久しぶりの記事になりました。
アトリエセツナは今、多産の前の準備段階とでもいいましょうか、様々な案件の検討を重ねています。

今日は、来月山形市の文翔館で行われる素敵なライブイベントについて書きたいと思います。

アトリエセツナではポスターやフライヤーのデザインをお手伝いさせて頂きました。


ポスター(⇓クリックで拡大!)




haruka nakamuraというアーティストを皆さんご存知でしょうか。


ここで多くは語りませんが、とても映像的な美しい音楽を作る方です。
研ぎ澄まされた一音一音が物語を感じさせ、景色を感じさせます。

そんなharuka nakamuraさんが映像作家とのコラボレーションライブをする、という聞いただけでも素晴らしそうなイベントです。

映像作家は黄木優寿さんと田中可也子さんのお二人。
海外のコンペティション入選という実力のあるアーティストです。

映像の断片を貼っておきます。


黄木優寿


田中可也子

音楽と映像の融合。
果たしてどのようなものになるのでしょうか。

歴史ある建築物のもと、とても貴重な夜になることは間違いありません。



日時:2013年5月25日(土) 17時開場/18時開演 

場所:文翔館議場ホール(山形市旅篭町3丁目4番1号)

主催:haruka nakamura - yamagata project, 山形ブラジル音楽普及協会 


詳しくは特設ホームページ



facebookのアカウントをお持ちの方は


でも詳細を確認できます。



JUGEMテーマ:音楽

A Happy New Year.

A Happy New Year.

本年も皆様にとって素敵な一年になりますように。

アトリエセツナ
渡辺吉太

 
作家たるもの/大原功樹さん
実に久しぶりの更新になりました。
TwitterやらFacebookやら、多様なメディアのせいにしちゃいます。

今日は、大原功樹さんという陶芸家の個展に行ってきました。



功樹さんは数日前にワンカップで知り合った方で、マスターの幼馴染とのこと。
工房は埼玉の秩父市にあり、大沼デパートでの個展のために山形にきているのです。

ワンカップで意気投合し、話題はカクテルの話に。
カミカゼを飲みたいという功樹さんのオーダーを受け、マスターがワンカップを始めて以来ずっと封印していたシェイカーを、おもむろに取り出しました。

iPhoneでレシピを調べ、店にある材料で果敢にカミカゼに挑戦するマスター。
マスターはシェイカーを振るときに目を瞑ります。



出来上がったのはカミカゼとは別物であるものの、美味しいカクテル。



幼馴染との再開がもたらした奇跡。
名付けられた名前は「ワンナップ」(ファミコンの話をしていたのもある)
飲みやすく爽やかなガールズキラーな逸品です。
マスターは新しくシェイカーメニューを考案しているかもしれないので、これからに期待。

話題が酒の方に逸れちゃいましたね。
話を本筋に戻して、功樹さんの作品の感想を、僭越ながら綴ります。

作品に共通して漂うものを敢えて言葉で表現するなら、大人の上質。
ディテールが研ぎ澄まされていて、付けられた絵は儚さに満ちています。
ここまで来ると仕事の丁寧さは言うまでもありません。絵と質感とディテールの調和が見事でした。
僕はいいものを見ると、手に汗をかき、呼吸が上手くできなくなります。
今回もやはりその状態になりました。
特に美しいと思ったのが、器の口の処理。
内側と外側の境界です。
緊張感がみなぎっていました。

僕も仕事では、自分と向き合う身。
功樹さんの仕事のスタイルが気になり、自分の弱さに負けることはないのか聞くと「若いときは負けたけどね〜作品に現れてしまって悔しい思いをしたから、もう負けないよ」と。
更に「負け癖がついちゃった人は続けられてない人が多いよね」とおっしゃっておられました。
僕はいいデザインが浮かばないと、ふて寝したりするけど、いかんなぁ。

いい作品を見せてもらったし、長い間アーティストとして活躍している方のお話を聴けたしと、ご縁に感謝のいい日曜日になりました。

大原功樹さんの個展は今週火曜日まで大沼デパートの七階で催されています。
是非その仕事を覗いてみてください。
節分。魔を滅す。
こんにちは。
昨日は大雪で、皆さんも大変な思いをされた事と思います。


(僕のジムニー。原形をとどめてませんでした…)

僕も雪片付けに日中を費やし、その間にスタックして動けなくなった車を四台救出しました。
駐車場など「こんなところで?」と思うような場所でタイヤが空回りし、動けなくなったら、まず落ち着いてギヤをニュートラルに入れて、車を後ろから前後に揺らしてみましょう。
少しずつ車に反動がついて、ハマったところから出ることができます。
この方法で、僕一人でおばちゃんを助けました。


(セツナカフェの前の広い駐車場。サイドポケットのマスターと奮闘し、二時間半かけて除雪…)

さて、今日は節分ですね。
尊敬する先輩が経営するデザイン会社「アカオニデザイン」から、粋な贈り物が届きました。



昨年も頂いたこの「節分之魔滅」。
お陰様で大きな災難にも会わず、健やかな年になりました。
どうか今年も…

アカオニデザインさんは本当に素敵な会社で、働いている皆がいつもイキイキとしてデザインを楽しんで仕事してます。
間違いなく、山形で一番いい仕事をするデザイン会社だと思います。
(このブログでこれを言うの、何回目だろう。敗北宣言ではないです。アトリエセツナは基本家具屋なので…)

アカオニだけに、節分に豆を贈る。
こんな遊び心を大事にする組織にリスペクト。

ちなみに、「アカオニ」の意味は「アカ」るく、すな「オニ」らしいです。

あぁ、素敵だ。


ヤマガタ未来Lab.
 こんにちは。

寒さも厳しいこの頃、いかがお過ごしでしょうか。

今日は「ヤマガタ未来Lab.」という素敵な活動の紹介をしたいと思います。


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「ヤマガタ未来Lab.は、ヤマガタと関わる人が、一歩踏み出すためのきっかけやヒントを見つけ出すためのWEBマガジンです。」

目指したい山形の未来

・山形という地域の継続。

・山形の若者が自分の可能性にチャレンジし、それを応援する地縁社会。

・持続可能でクリエイティブな、世界のユーザーに愛されるブランドが山形から生まれ育つ。

・県外転出する人を「大きくなって来いよ」と送り出し、そして戻りたい時に戻ってこれるシゴト環境と、迎える人の大きな愛。

・受け継がれるために、決して変わらず、時に大胆に変化する文化、伝統。

・地方と直接つながり、生産者に還元される流通。

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(HPより抜粋)

*詳しくはリンクを参考にしてくださいね。


<ヤマガタで踏み出す人>のトピックでは、山辺町のニットメーカーの息子さん大江健さん(coohem(コーヘン)ディレクター)の東京→山形のストーリーが紹介されています。

大手アパレルブランドの販売員から、山形でニットブランドを立ち上げ、少しづつ道を切り開いていくストーリーにとても勇気をもらいました。


#001 良さそうなことは全部やってみる(coohemディレクター大江健さん)


山形には観光資源、ものを作る力、美味しい食べ物など、たくさんの魅力があります。

しかし、山形の中にいる人は山形の事をよく見えていないような風に感じる事があります。

僕は山形の地域産業の力に魅了され、山形に拠点を置くひとり。

ヤマガタ未来Lab.を運営しているGLYさんも外側から故郷を見ることで、その良さを発見発信されています。

都市に飛び出していった若いエネルギーもまた、山形の大切な潜在的財産。

いつか故郷のために、その持てる力を発揮してくれる。

若者の都市流出がポジティブに感じられる、そんな活動だと思います。



新しい年。
明けましておめでとうございます。
昨年は沢山のご縁に恵まれ、実りの多い年となりました。

今年はさらによいデザインを産み出す一年にしたいと、気持ちを新たにしています。

新しい年が始まる、この感じ、いいですね。

年明けは宮城の実家に帰省し、家族や幼馴染とゆっくりした時間を過ごしました。
毎年恒例となった、山神社でのおみくじ。
ヤル気を後押ししてくれる「大吉」を引きました。



この神社で去年、幼馴染が良からぬ相を引き、散々な一年になったこともあり、おみくじを引く手にも力が入りました。
その幼馴染も今年は大吉を引き当て、ガッツポーズ。
好い年にしようね。


山形に戻り、大学の同期三人で新年会。


今年の抱負から、話題はスタート。

僕の抱負は、
「言い訳をしない」
にしました。

自分の能力や時間には限界があり、全てを完璧にこなすのはなかなか難しいものです。
ミスや手落ちがあると、人間、言い訳したくなってしまいます。
今年は「言い訳したくなる局面を作らない」事を考えながら日々行動したいな、と。
自分をうまくコントロールしながら、複数の時間軸で進めていかなければいけない仕事を円滑にこなせれば、常に自信をもっていけると思っています。

では、今年も一年、よろしくお願い致します。

アトリエセツナ
渡辺 吉太


お待ちしてます。

オープンハウス初日。
テーブルと一緒にお待ちしてます。
ねこネコ。


震災後に産まれた、実家の居候ネコの子供が大きくなっていました。
名前は、雄猫の方がチビ。雌猫の方がシロ。
チビでもないし、白くもない。

シロの方は別名、ホワイトソックスと言うのだ、と親父が言ってました。
宮城へ。
多賀城での仕事の帰りに七ヶ浜に寄って来た。
宮城県民として、被災地を見なくてはと思ったからだ。
初めて見る惨状。 現実として受け入れられなかった。 凝視できない程の風景があった。



実家に居候中のタマが、子供を産んでいた。
震災後に産まれた命。
母は「亡くなった方々の生まれ変わりかもしれないから」と、産まれた四匹の子猫に名前を付け、家族にすることを決めた。



去年親父と一緒に植えた梅の木が、花を咲かせていた。
「お前と植えた梅は八重だったぞ」と、親父は嬉しそうだった。



以上、アトリエセツナのTwitterから抜粋でした。